代表挨拶


はじめまして。
代表の佐藤哲郎です。

最初に申し上げますが、私は熟練の職人ではありません。

2015年3月にズブの素人が全く別の業界からこの業界に飛び込んだ駆け出しです。

まだまだ未熟と言うよりヨチヨチ歩きをしている状態の私ですが、地元の皆様、メーカーのエンジニアの皆様、同業者の皆様、仕入れ先の皆様、そして何よりご注文を下さったお客様のおかげで、ステンレスを主軸としたモノづくりを通じ、微力ながら世の中に貢献できるようになりました。


先代の時からサトーステンレスは下請け企業ではありませんので、これまで緊急を要する一点物や一風変わった要件などにお応えしてきました。


2015年1月に父が心筋梗塞で倒れ、集中治療室に搬送されました。脳への血流が止まる状態が約40分続き、脳細胞が壊死したことで高次脳機能障害となり、それから父と言葉を交わすことはありませんでした。


父が倒れた時、私は東京でシステムエンジニアの仕事をしておりました。母から「お父さんが倒れた」と連絡が来て新幹線で帰省し、病院内の集中治療室で横になっている父を目の当たりにした時に、「父と仕事をしておけば良かった」と後悔しました。


後悔したと同時に「父の跡を継ぐ」と決意しました。システムエンジニアの仕事はとても好きでした。私はその中でもネットワーク関連のエンジニアで、通信を制御する仕事に醍醐味を感じていました。

でも、このまま東京で仕事をしても後になって「あの時に継げば良かった」と後悔するのは目に見えていました。従業員が誰一人いない工場を継ぐと言う状況がどれだけ茨の道かと言う事は分かっていました。

工場を継ぐと決意したあとも、あまりの恐怖に涙を流しました。それでも一生後悔するよりはるかにマシだと思いました。 そして2015年3月に横浜から地元の佐久市(旧望月町)に引っ越し、地元の方々に父がどう言うところにこだわり、何に重きを置いていたかを教えていただきました。

製品を作るためには機械を操作できなくてはなりませんので、メーカーのエンジニアの方々に基本的な操作方法を指南いただきました。また、製作に使用する材料などの知識は仕入れ先の方々に教えていただきました。

自分でできないことは同業者の方にお願いして勉強しました。何より勉強になったのがお客様からご依頼いただいた仕事を実際にやったことです。お客様からは本当に多くの事を学ばせていただいております。

うちのような工場を含め、後継者がいなくて惜しまれながらも店や工場をたたむと言うお話を聞きます。

私も工場を継ぐと言う事は全然考えていませんでしたが、親が築いた事業を継ぐと言う事はなかなか良いものです。


父が築いてくれた基盤のおかげで私は独立することができましたから。脱サラして独立したいけど何をしたいのかよく分からないと言う方もたくさんいらっしゃると思います。

でもそれをできる舞台はすぐそばにあるのだと実感しました。

こんなサトーステンレスにお役に立てることがあれば問い合わせフォームからご連絡下さい。


もちろん直接お電話いただいても結構です。
一緒に想いカタチにしましょう!